寺社仏閣の建築に関心から心的に移管し熊野神社に朝参り

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年末に法隆寺に行きましたが
(ブログ⇒ 法隆寺に行ってきました)
法隆寺に興味があったのは、建築の目線です。宮大工の西岡棟梁と小川棟梁を尊敬していて鵤工舎の宮大工さんのことも尊敬していて、本を読んでいるうちに技術を見たい。といったことがきっかけで関心を持っているのですが

最近はその地の歴史を学んだり、自然環境に興味を持ち始め、建築物というよりは、心的な寄り心として主に神社足を運ぶようになりました。そうすることで家具作りにも活かせるようになります。

寺社仏閣の建築に関心から心的に移管し熊野神社に朝参り


写真は岩美町 熊野神社です。

私が住む町は海の神様や山の神様がいて、どちらかというと海側に住んでいるために海の安全祈願や豊漁を祈願する神社があり、荒砂神社や港神社、田後神社などなのですが以前、神道を教えている方が

神社を間違えてまいると子供を出産するのに、歯医者に行っているのと同じだ

とおっしゃっていて、そうか…むやみやたらに関係ない神社に行くのもダメなのか…うーん。と心の片隅に置いていました。私としては海の神様には、海が荒れて住宅被害が合わないように見守ってくれてありがとうございます。と日常生活のお礼を言い、お願い事などはしません。

しかし、最近どうしても自分の無力さ加減とか、どうしようもないことに対して精神的に思い悩むこともあったり知人の病気回復祈願もしたいなと思ってそれこそ文字通りの神頼み をしに熊野神社に行きました。写真の神社です。

熊野神社は三重県の熊野の神様とのつながりもあるので祈願する内容はたくさんあり、健康祈願や家内安全、商売繁盛、など色んなことを祈願できるようですが、まずは、自分の生活が災害なく暮らせていることのお礼を告げて

毎日御釣りで5円玉を溜めていたものをお賽銭に入れてお参りしたところ、心がスッとしたのです。それだけでなんだかパワー充電できたので自分の無力さでの精神的な落ち込みなどが少し元気になりました。

気の持ち様ということはありますし、これが行き過ぎると怪しい洗脳者とか精神的に病んでいると思われそうなので書くことを躊躇するのですが昔は建築でしか興味がなかったけど神道というのはとても良いことを言ってるなと思ったのです。

そして神社を取り囲む環境、生物、植物に関しても歴史深く、木々の植生なども知っていくとなんと楽しい事…今更ながら神社巡りが好きな方の気持ちがわかり始めました。

神頼みをしに行っているわけではないんですよね。敵視を知り、経緯を知り、今を知り、大切なものを守り伝えるということは心を豊かにするなあと思え、最近は朝に自分のマインドセットにお詣りをするようにして、木々の変化も観察したりしています。

場所によって植えてある木や、咲く花も違う。こういうことも今だからこそ興味深くて、若いときには全く興味なし…。人は年をかあさねると丸くなるといいますが、経験を重ねていくうえで大事なことが見えてきたり後悔することや、学びや人の苦悩や成功を見つめていくことで人買いて人に助けられていることに気づいた結果かなあと。

私のように無力さを感じたときに誰にも弱音を吐けないために神社に詣り、独り言でお礼や報告をすることでスッとするという、心のよりどころになったりすることも年を重ねた結果かなあとも。人に感謝自然に感謝。

こういうこと胡散臭いとか拒否反応があったのですがやっぱり、自分は一人では生きてこれなかったし見守りとか、昔の人のおかげで今があるという大事なことに気がつける人間でありたいなと。慢心、怠慢、おごり、私欲を極力捨て、人のために仕事をしていくことが自分の幸せだなあっと思います。

山道で見かけた桜もきれいでした。

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